連休の最終日。
友人に会うわけでも、どこかに遊びに行くわけでも、趣味に時間を割くわけでもなく、気がつけばずっと、スマホと仲良くしていた。
しかし、そんな穏やかで自堕落な日々も、あと一日で終わってしまう。
そう思うと居ても立っても居られなくなり、ようやくベッドから身を起こす。
しっかりと朝食を食べ、歯磨きをし、顔を洗う。
そして、普段着ない服をタンスから引っ張り出し、いざ外へ・・・・!
・・・出かけるはずもなく、家の大掃除を開始させた。
まずはキッチン棚から整理していく。
3年前の青のりや、去年買ったきなこなどが押し込められている戸棚は、何か取り出そうとする度に、決まって棒寒天が一緒に落ちてきて、ずっと気になっていたのだ。
パンパンでもう場所がないと思っていたのに、置き場所を決め、位置を少し変えただけで、驚くほどにすっきりとした。
むしろスカスカになった棚を見て、「なんだ、まだいっぱい買えるじゃん」と、買うお金も余裕もないのに思ったくらいだ。
すっきりとした爽快感とともに、スカスカとした寂寥感を感じたが、青のりが3袋、わかめが2袋あるのが分かったので良しとした。
「普段手が届かないところも!」と、猿のように椅子に登ったり、作業台に登ったりして、棚上まで拭いて回った。
ずっとベッドでダラダラしていたのが、嘘みたいに動きっぱなしなのが、「とってもえらい!」という気がしてきて自然と鼻歌を歌っていた。
『調子にのるべからず』という人生の教訓を忘れるくらいにはノリノリだっただろう。
その結果、ついでだからとオーブンの中も拭き、扉を閉めるのを忘れ、振り向きざまに太ももを強打して、棒状の大きな青あざをこさえたのだった。
普段は足の小指をぶつけても、謎の強がりが発動され、びっこを引きながらもポーカーフェイスで歩き続ける精神力の持ち主なのだが、あまりのオーブンの扉の強度と、内ももの柔さに、ぶつけた一秒後に耐え切れずに「痛てえ!」と顔を思いっきりしかめてしまった。
「何だか良いことをしている気がする」という謎の高揚感と「なのになぜこんな目に・・・」と釈然としない気持ちに悶々としながらも、痛む足を引きずり、お風呂場へと向かった。
「小さいアパートなのに、バスルームだけ大きいね」と引っ越しそうそう同僚に言われたバスルームは、すでにすっきりとしていた。
実は昨日、すでに軽く掃除をしていたのだ。
というのも、ここ数日頭の中に鎮座していた「髪を切りたい!」という欲求と関係している。
髪を切りたくても、近場に美容院が無く、気軽に散髪に行ける環境ではない。
1か月先までいっぱいの予約表を眺めながら、ベッドでゴロゴロしている日々だったのだが、その日の朝確認すると・・・
なんと「明日の10時から」の枠が空いていたのだ・・!
そして明日は連休最終日で、仕事はない!
なんという幸運だろうか・・・!
突然目の当たりにした『ハッピー』に小躍りしながら、ベッドに携帯を投げ、洗いたてのニットを着た。
そして再び携帯を手に取り、美容院の予約を・・・!
・・・するはずもなく、そのままバスルームへと向かい、眉毛用のハサミでザクザクと髪を切ったのだった。
読者は思っただろう・・。
「こいつ、変人だ・・」と。
だがそれは違う。
変人ではなく、『果てしないアホ』なのだ。
そこに天邪鬼の特性が加わってしまったために、突発的な行動をとってしまったように映るだけだ。
普段はとても慎重で真面目なのだから。
という言い訳は置いておいて、本当いうと、休日に電車で片道一時間半かけて、決して安くもない美容院へと行く気には到底なれなかっただけなのだ。
それでも伸びていく髪の重さと、毎日着実に長くなっていくシャワーの時間に耐え切れず、ハサミを手に取った次第である。
予約が空いた日に実行したのは、ただのきっかけだ。
何れにしても面倒くさいのは同じだから。
さて、自分で切ると決めたのは良いのだが、家にあるハサミが幼稚園の頃から使っている子供用ハサミか、紙切りバサミしかなかった。
仕方がないので、ゆったりと先がカーブしている手のひらより小さいサイズの眉毛用のハサミで切ることにした。
決して目の前に置いてあったからではない。
チマチマと2時間かけて切った髪は、美しい出来とは言えなかったが、許容範囲内には収まったように思う。
まあ、数週間後に、どれほどガタガタになっているのか楽しみだ。
「おお!思ったより良い感じじゃん!頭軽くなったし」と満足気に映った顔の下のニットが、トゲトゲになっているのに気がついたのはその時だった。
これから散髪するという時に、何故わざわざニットを着たのかは、あの瞬間の自分にしかわからないだろう。
そういうわけで昨日、ニット、並びにバスルームの掃除を行ったのだった。
粗方掃除してあるとはいえ、細かい所はそのままだった。
機能しているか怪しいオンボロの換気扇に溜まった埃を取り、手が荒れてきているのも気にせずにそこかしこ拭いて周った。
すでに3時間近く経っていて、疲れは出てきていたが、意地で椅子伝いにタンスの上によじ登り、綺麗に拭いた。
そしてその代償として膝を強打したのは、また別の話だ。
棚という棚の中を整理し、家中を拭き回り、最後に全部の扉を綺麗に拭いた。
ふうっとひと息ついて部屋を振り返る。
物を捨てたわけではないのに整理されすっきりとした部屋は、新品のスーツを着た人のように凛としていて、どこかよそよそしくも感じられた。
思えば引っ越してきて丁度1年経とうとしている。
急に思い立って始めたことだったが、新鮮な気持ちで2年目をスタート出来そうな気がして、小さく胸を張った。
かくして突如始まった大掃除大会は、幾つかの傷を残しつつも、しっかりとした満足感と共に幕を下ろしたのだった。
※この物語はフィクションです。