モモは不穏な空気を感じていた。
長年の苦労の果てに辿り着いた場所は、寂れた町の小さなオーケストラだった。
しかし、オーケストラの大小は、モモにとって正直どうでも良かった。
とりあえずどこかのオーケストラに就職するというのが、ずっと縛りつけられていた『夢』へのケジメだったのだから。
しかしそのケジメもまだ道半ばだ。
まだ『夢』は完全な終幕までは至っていない。
モモはあと一年半、試用期間を乗り越え、楽団員の投票で合格を勝ち取ることで初めて、幕引きが出来るのだ。
そしてついに始まった試用期間。
モモにとっては驚きの連続だった。
まず人事担当の人が、ほとんど事務所にいなかった。
合格直後に事務所に連れて行かれたのだが、当然のように事務員は不在だった。
「いつも居ないから」とため息交じりに言う案内係にモモは不安を覚えながらも、試験会場からついてきていた小太りのおじさんが、「次の曲は難しいからちゃんと練習してくるように」と睨んでくることの方に気を取られていた。
このおじさんは実はオーケストラの総監督、つまりボスのような存在で、後にモモを苦しめることになるのだが、この時のモモは知る由もなかった。
結局、モモが契約書を手に入れたのは約一か月後で、通常はメールで完結するものなのに、モモは何度も事務所まで通う羽目となった。
オーケストラというのはいくつかのセクションに分かれていて、大きく分けると管楽器と弦楽器、更に細かくバイオリン、ビオラ、チェロ・・・とわかれていく。
モモの入ったセクションは周囲から『良い人たちで、感じの良いチーム』だと言われる場所だった。
ラッキーだね、と言われ、人付き合いの苦手なモモはほっと息をついた。
次のプロジェクトのための楽譜を、わざわざ自宅まで持ってきてくれた時にも、『何て親切なんだ』と感動したものだ。
たまたま近くに住んでいた彼女は、モモに楽譜を手渡すと『あなたが私たちのことを助けてくれることを期待している』と微笑んだ。
『頑張ります!』と笑顔で答えたモモだったが、彼女が帰った後、モモの脳裏には『助け』という言葉が、妙に嫌な響きを持って漂っていた。
『『一緒に働けることを楽しみにしている』というのはよく聞くけれど・・・助け合うでもなく、助けてってこれから試用期間を始める人に、普通は言うだろうか・・』
悶々とする頭を、モモは勢いよくぶんっと振った。
考えていても仕方がない。やるしかないのだ。
クライマックスに向かって演じ切るだけだ!と、胸を張った。
そしてモモは試用期間中のマイルールに、新たなルールを付け足した。
『試用期間中は、深く考えないこと』
周囲に不平不満を言えない期間、この決め事はモモの心を守ってくれるものとなった。
※このストーリーはフィクションです。